Stuck at Square One

Travaillons sans raisonner, dit Martin; c'est le seul moyen de rendre la vie supportable.

大学に入ってから周囲の人の活躍を直視することが難しくなったように思う。高校の頃も自分より遥かにいい成績を取っている人だとか、高校範囲を超えた先取り学習をしている人だとか、塾や文化祭で彼女を作っている人だとか*1、あるいは学外の大会やコンテストで表彰されている人だとかはいた。元々あまり参加していなかった運動部を辞め、不定期に適当な活動をするだけだったある文化部に所属しているだけになった僕は、最低限の受験勉強をする以外には特にすることもなく、もはや今となっては何をしていたのかも思い出せないのだけれど、かといってそういう輝いているような人たちに対して極端に羨望を感じるようなことはなかったし、自分を強く誇れていたかと言われるとそうではないにせよ、それなりに自分に満足していたし、むしろこんな日々が続いてくれたらそれはそれで悪くないかもな、くらいには思っていた。

*1:母校は男子校だった

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2019年06月-2: Burn the town where I was born

もうすぐ2019年も折り返しですね。時間の流れの速さには驚かされます。でも、もう半年も経ったなんて信じられない...と言いながら、日記やカレンダーの類を振り返ってみると、つい数ヶ月前にやったことなのに忘れているものがかなりあることに気付いて、単純に忘れているから何もやっていないような気になるのだろうと思い直すわけです。

そう考えると、自分がやったことを思い出せるように、なんらかの記録を残しておくことはやはり有用だと思うのですが*1、ただ、時間が経てば忘れてしまうというのは、自分の成功だけでなく失敗に対しても言えることで、成功と違って失敗は基本的には忘れてしまう方が精神衛生上は好ましいですから、日記や記録には、意識的に自分の人生のよかった面だけを切り取って記録することを心掛けるようにはしています*2。特に大学に入学して以降、自分の自己肯定感はかなり低い状態で推移しているので、自分の人生のポジティブな面を探すのは、それを克服する助けになるのではないかな、と勝手に思っています。

*1:ただ、過去を振り返ってみたり、文章を書いたりしてみたりという行為は、現実逃避の一環としてされることも多いので、目の前のタスクとの兼ね合いという問題は別に存在しますけれど

*2:もっとも、過去の記事を見ればすぐに分かるように、その心掛けが貫徹されているとは言い難い状態ではあるわけですが...

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2019年06月-1: 失ったものばかりが光って見えた

World of Warships という3年近くもプレイしていたゲームを去年の夏にやめてからというもの、うっすらとした「楽しいことがないなあ」という感覚を抱き続けています。このゲームがとても楽しかったという訳ではなく、漠然とした不満みたいなものを帰する対象として真っ先に思いつくのがこのゲームを辞めたことだというのが正直なところなのでしょうが、アカウントを削除してしまい、もはや以前と同じようにはプレイすることが出来ないため、このゲームを辞めたことが真の要因なのかは闇の中です。

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2019年05月-2: 今日もなんとか生きていたんだ

 近況 / 雑感

新譜やら新刊やらに恵まれた2週間でした。予備試験の短答式試験を受験してきましたが、自己採点の結果は昨年のボーダーくらいでした。どのみち論文式試験が出来ないので今年は受かりませんが、勉強は適度に続けていきたい。また、最近は出席不要の大学の授業をほぼ全て切ったことで大学に行く頻度が激減しました。自身の社会生活上の問題点を想起させられる機会が減り、自分のやりたいことばかり出来ているのでかなり精神的に安定していますが、持続可能性の低そうな安定だなと自分でも思います。

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2019年05月-1: 僕は意味もなく泣いていたいだけ

書きたいことが無かったとしても、更新すること自体に意味はあると思うのです。

 雑感など

先月末までは試験勉強をそれなりにしていましたが、どう考えても対策間に合わないしもう諦めてもいいんじゃない?と思って以降*1、糸が切れたように気が抜けてしまい、ここ最近はかなりゆったりとした生活を過ごしていました。特に何もしなくてもよい時間が与えられると、そういえばこんなことをやってみたいな、という気持ちが自然に湧くようになってきます。今は「お金があったらやりたいこと」が多いですが、これが数年後には「時間があったらやりたいこと」に置き換わるのでしょうか。

*1:こういう風に書くとあたかも「今までは間に合う可能性があった」ように見えますが、実際はもともとその可能性はほぼゼロだったため、間に合わなくても出来る限り頑張ろうという決意が失われた、というのが正確です

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まるで闇に叫びを放つ祈りのようだね

近況報告系のブログの更新間隔がかなり空いてしまいました。4月上旬に体調を崩して寝込んでしまったことで、いろいろと余裕がなくなったのもありますし、単純に言語化したいと思えるほどのイベントが日々に無かったのもあります。

 近況、あるいは最近考えていたこと

将来の自分が苦労せずに生きていくためには、今のうちから適切に就職を見据えていくことが必要だろうと思うわけですが、そもそも生き続けること自体にあまり意味が見出だせないために、何のためにこんな事やってるんだろうなぁという気持ちが拭えません。自分がとっている全ての行動の理由が「自分が生まれてきたから」そして「これからも生きていかなければいけないから」に帰着されるような気がするというか、積極的に日々を生きていく理由がないような気がするのです。人生に楽しいことが全くないという訳ではないですが、それは生きることの苦痛を和らげる程度のものにしか感じられず、それ自体が生きる目的になり得ないといえばいいのでしょうか。生きることに伴う苦痛を当然の前提として受け入れるのであれば、なにかポジティブなことが1つでもあれば生きていこうということになるかもしれませんが、やはりわざわざ生き続けることを選ぶためには、人生に伴う悦楽と苦痛が全体ではプラスになることが必要であるように思われるのです。今の自分には、人生の苦痛を埋め合わせるほどの楽しさがこの先にあるようには感じられないわけですが、かといって差し迫って死を選ぶほどの絶望感があるわけでもない。慢性的な苦痛の中を生きているような感覚です。

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