Stuck at Square One

Travaillons sans raisonner, dit Martin; c'est le seul moyen de rendre la vie supportable.

主流文化への同調圧力と言葉選び

自分の中で何か考えがまとまってくると、それを言語化してどこかに記録しておきたいという気持ちに駆られます。なにか強い感情を感じた時もそうなのですが*1、自分の中にある思考や感情は、未来の自分が再現・追体験できる形にしておきたいと思うのです。後から読み返して「当時から今と同じような考え方をしていたのか」と思うこともあれば、「当時はこういう不合理な考え方をしていたのだな」と思うこともありますが、いずれにせよ、そういった形で過去を振り返る行為は非常に楽しいですから、将来の自分がそのちょっとした娯楽を満喫できるように、つとめて思考は言語化するようにしている訳です。もちろん、こうして自分の思考を言語化するという行為自体、自分にとってはかなり楽しい行為ではあるのですが。

上野千鶴子WAN理事長による東大の入学式祝辞が話題を集めたこと、また自分の娘に対する準強制性交の疑いで起訴されていた父親に関して、性交につき娘の同意は存在しなかったが、抗拒不能であったと認定するにはなお合理的な疑いが残るとして、無罪を言い渡した地裁判決に対する批判が殺到したことで、様々な媒体でフェミニズム的な言説の盛り上がりを目にすることになりました。3月には別の準強制性交罪の事案に関し、福岡地裁久留米支部が被告人の故意を否定し無罪判決を下していたこともあり、「裁判官に人権教育と性教育を!」といった裁判官批判から、法曹関係者がこうした場合に見せるお決まりの対応*2である「報道だけでは判決の是非を判断することはできない、安易な批判は控えるべきだ」という対応に対する批判も多数目にすることとなりました。法曹関係者の一部には、報道に基づく非法曹による批判を小馬鹿にするような態度も見られたことで、議論は炎上ともいうべき状態に至っていました。

ここまではかなり具体的な事例の話をしてきましたが、それはここからの思考がどういう文脈の中で発生したのか、という背景事情を説明しておくのが主な目的であって、祝辞や無罪判決について、自分に特に強い主張があるわけではありません*3。自分がこうした問題に関する意見や主張を見ていて感じるのは、その言説に含まれる同化主義的な言説に対する違和感です。フェミニズム自体が論理必然に同化主義的な主張を含む訳ではありませんが、現在の社会は構造的な「女性」差別を内包しており、それらを取り除かねばならない、というような「女性」アイデンティティを全面に押し出す形のフェミニズムと、こうした同化主義的な主張は親和性が高いように思われます。同化主義というのは多文化共生の文脈で用いられる言葉であり、ここでは「あらゆる価値観を特定の文化(特に当該社会で支配的な地位を持つ文化)に統合するべきであるという考え方」という意味でこの語を用いることにします*4。あらゆる個人は差別や偏見を受けずに行動できる権利を享受するべきであり、特にそうした権利が制限されている人々の類型として女性が挙げられるといった、個人主義をベースとした考え方に立ってもフェミニズム的な主張は展開しうるわけですが、このような正当化の方法からは、その基礎となる個人主義に反している同化主義的な主張は導きにくく*5、こうした言説の存在がフェミニズム自体に内在的な問題であるとは考えにくいでしょう。

もちろん、明示的にこのような主張を行っている例はそう多くないわけですし、そうした主張に反駁するのは容易であるわけですが、黙示的にこうした主張がなされることは多いように思うわけです。冒頭の祝辞での「4年制大学進学率 ... の[男女]差は成績の差ではありません。『息子は大学まで、娘は短大まで』でよいと考える親の性差別の結果です。」という一節について考えてみます。ここでは親の性差別こそが4年生大学進学率の男女差を生む原因だと断言されており、その主張には全く限定は付されていません。こうした立場が妥当かについてはより専門的な分析が加えられるべきですが、こうした極端な主張が妥当であると言い切れない程度には、この問題の背景にある事情は複雑であるように思われます。例えば、この点に関して、短大を含めた大学進学者は全国的に女子が男子を上回っており、特に地方でその値が高いことを踏まえると、地方の男子は大学に進学せず、高卒で就職する割合が高いと考えるのが適切であり、むしろ「娘は大学に、息子は高卒でも」という傾向があるという指摘があります4年制大学への女子進学率が低いのは、女子の場合は地元で進学できる短大を選択する場合が多いからであり、実際、地元から4年生大学へ進学が可能な都市圏においては、地方に比べて顕著に女子の4年制大学進学率が高くなっています。こうした「地元志向」や「短大志向」が4年制大学進学率の低さの原因であるのは他の記事でも指摘されています。では、こうした傾向は「親の性差別」だと言い切って問題ないものなのでしょうか?

祝辞の当該部分に込められた「(地方の親が)息子を大学に、娘は短大に送るのは性差別である」という主張は、「あらゆる親は娘を4年制大学に送るべきである」という同化主義的な主張が黙示的になされた例とみることが出来ます。実際に娘が4年制大学への進学を希望しているにも関わらず、親が「女性に学歴は要らない。短大しか認めない」とそれを拒否するような場合には、これは端的に性差別だと言って差し支えがないでしょう。しかし「お前が一人暮らしするのは心配だから、家から通える短大にしてほしい」と頼むような事例ではどうでしょう。これも男女で扱いを変えているから性差別なのでしょうか。娘が自ら望んで「周りの友達が短大に行くらしいから、自分も短大に行きたい」と望んだ場合はどうでしょう。娘の主体的な選択であっても、性差別的な傾向によって形成された外的環境に影響されたものだからダメでしょうか。

こうした思考実験はほんの一例に過ぎませんが、様々な事情の個人が存在する可能性に対する配慮を欠いた、こうした極端に無限定な主張というのは、結局のところ「あるアイデンティティを持つ人間であれば、このように行動するべきである」という同化主義的なメッセージを含んでいるのであり、そこから外れた人間の行動を否定する効果を持ちうるのだということは意識されるべきではないでしょうか。そうした人々の価値観の多様性への配慮が、マジョリティ・カルチャーとなったフェミニズムには求められているのではないかということで、この話を終わりにしたいと思います。

*1:とはいえ、最近感じる強い感情のほとんどは希死念慮であるため、ブログ記事の題材としては不適切だろうと思い、この種の記事は書いていないのですが。

*2:といっても、そうした反応を見せるのは非常に自然なことですし、妥当なことでもあると思うのですが

*3:主張がないというよりは、主張を提示するだけの論拠を調べられていないという面が強いですが

*4:多文化共生の文脈でもこの意味で用いられていると思いますが、筆者のその分野に関する知識が確かなものではないため、念のために語を再定義しておきます

*5:もちろん、個人主義の尊重をあらゆる人に求める限りにおいては、同化主義的な主張と無縁でいることは出来ないですが

過ぎ行くだけの生活を手放せなかった

休み期間のように何の期限にも追われていない時期には、なんの役に立つわけでもない考えごとに時間を使ってみたりします。もしあの時に別の選択をしていたら? ふとした瞬間に感じるこの感情は妥当なものなのか? 考えてみても目の前の状況が変わるわけでもないのですが、今の自分に諦めをつける理由は探し続けてしまいます。

初めて百合姫の本誌を購入して読んでみました。なんだかんだ半分くらい連載を知っていたので、割と読んでいて楽しかったです。新連載の『欠けた月とドーナッツ』、読切の『臆病者のイドラ』が最高で、これだけで買う価値があったなぁと思います。

このままではダメだろうと思うことはいくつもあるのですが、今更どうしようもないのではと思われることも多く、とりあえず比較的結果が操作可能でそれなりに緊急性も高い、学部の成績と就職以外のことは考えないようにしています。自分が進む進路がほぼ確定し、自分の能力の限界も見えてきたことで、将来の自分がとりうる状態の幅がかなりの程度狭まってきて、何らかの可能性に賭ける願望や希望といったものを抱きづらくなった感があります。結果の見えている人生は消化試合のようにすら感じられます。

最近は一応5月にある短答式試験の対策をしていましたが、全く終わる気配がないので鬱々とした気持ちになっています。どうすればいいんだ。

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 最近読んだ本 / コミック

ノンフィクション作品やマンガを読むのは人生の中ではかなり好きな部類の活動なのですが、忙しくなるとまずこの種の活動を削り、結果的に日々の満足度を引き下げてしまいがちなので、最近は週に最低1冊ずつは読むことをノルマとしています。このルールのおかげで、逆に2冊以上読むことは減った気がしないではありませんが..。

アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】

アナタはなぜチェックリストを使わないのか?【ミスを最大限に減らしベストの決断力を持つ!】

 

端的にまとめるならば、どんな専門家でも判断ミスや見逃しはしてしまうけれど、それはチェックリストのような単純なやり方で簡単に防止できる、という趣旨の本です。行動経済学系の本で何度か紹介されていたので、とりあえず内容を把握するために読んでみましたが、日常生活に役立つかはさておき、読み物としては面白いです。

行動経済学の逆襲

行動経済学の逆襲

 

ファスト&スローは研究成果を一般向けに噛み砕いた啓蒙書という感じですが、これはどちらかと言うとセイラーの自伝ですね。他の啓蒙書もそうですが、要所要所で使われている寓話やエピソードが面白いのでつい笑ってしまいます。研究内容もそうですが、文体のとっつきやすさも行動経済学が人気になった理由なのでしょうね。

ルミナス=ブルー: 1 (百合姫コミックス)

ルミナス=ブルー: 1 (百合姫コミックス)

 

書影とあらすじを読んで日常系かと思っていたら、思ったより人間関係がドロドロしている系の作品で、いい意味で期待を裏切られました。ただ諸々の状況を見ていると、きちんと終わる前に打ち切られてしまうのではという予感が。そもそも百合はマーケット自体が小さいという問題があるのかなぁと思いますが、割と面白いので続いてほしい。

この一年ほどの間に読んだラブコメ作品の中で一番面白いと思っていたのですが、残念ながら連載終了してしまいました。自分みたいな拗らせオタクは抱えてる地雷も多くて面倒くさい人生を送っているわけですが、たまに完全に自分の感性に合致した作品が見つかることがあり、去年この作品の1巻を読んだ時がまさにそれでした。勢いのある日常のギャグパートに、安心して見ていられるラブコメ展開の組み合わせが完璧で、本当に全ページ面白いんですよね。『すわっぷ⇔すわっぷ』も同時期に最終話を迎え、キャラットで追っていた作品は2つも終わってしまいました。

主人公の思考回路とのシンクロ率が高すぎて笑ってしまいました。うつっぽい人間はみんな似たようなことを考えているのかもしれない。

読んだ本やマンガの紹介が全体的にワンパターンになっている傾向を感じます。読んだものにはとりあえず言及していること*1、適当に褒めるのは良いが適当にけなすのは良くないだろうということで、基本的に肯定的な内容のことばかり書いていること*2、そもそもきちんと最後まで読み続け、ブログで言及するに至っている本やマンガは自分にとっては面白いものであること、などが理由だろうと思われますが、結果的には代わり映えしないことをずっと書いている気がします。とはいえ、特に代案がある訳でもないのですが。

*1:これは書くことが他にないからという分量的な要請もありますし、なにも言及もしないならわざわざブログに貼り付ける必要ないのでは?と自分が思ってしまうのもあります。

*2:なにかに批判的評価を下す時には、ある程度の批判に耐えうる程度の論拠を示すべきだと考えているのですが、ブログでそこまでの文章を書く気にはあまりなれません。

偶然に理由を見つけることはできないから

新年が明けてからもう既に3か月が経っていますが、この前ようやく初詣に出向いてきました。あと1週間ほどで春休みも終わり、大学生活も折り返し地点を迎えることになります。この2年間はどう進むべきかも分からず、偶然に導かれるままに歩き続けてきた感じなわけですが、相変わらず人生の見通しは良くないままです。こうなるともう、これからの2年も偶然がいい方向に働いてくれることを祈るしかありませんね。

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 近況報告と雑感

ようやく後期課程の法学部科目の成績が発表され、これが思った以上に望み通りの結果となっていました。今後もこの調子なら...と考えてしまいますが、こういったものは偶然が占める割合も大きいかと思うので、次回は幸運を当てにしなくても済むように、試験終了直後の反省を忘れず、より効率的な対策をしていけたらと思っています。

また、数日前まで家族旅行でオーストラリア南東部に行っていました。個人的に一番楽しかったのは国立海洋博物館に展示されていた駆逐艦、HMAS Vampireの見学です。同艦に装備されている 40mm Bofors や 4.5 inch QF Mark 6 といった砲は非常に広く採用された有名な砲ですから、ぜひ見てみたいと思っていました。あとは相変わらずゴシック建築が好きなので、ゴシック・リバイバルの系譜にあるらしい St. Patrick's Cathedralは非常に楽しめました。しかしまあ海外旅行は色々と疲れます。日本が一番ですね。

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HMAS Vampire と St. Patrick's Cathedral

 ⁠息抜きについて

精神的に疲れているのか、あるいは自分にぴったり合う娯楽を見つけすぎたのか分かりませんが、長時間の継続的な視聴が必要となる映像媒体の作品を見る頻度がかなり落ちてしまっています。おそらくは、自分の苦手な展開が出てきた際に、それを見続ける耐久力が落ちているのが主たる要因で、1つの展開が終わるまでが長い映像作品でその影響が特に顕著に出ているのだと思います。コミックの類は比較的読みますが、それもしんどいけど読み続けないといけない場面とかでは読むのをやめてしまったりして、日常系以外は腰を据えて読まないと読み進まない状況です。

最近の息抜きといえば、Twitterを眺めたり、新聞の電子版記事をサーフィンしたり、アズレンや各種PCゲームをやったり、たまに新書や専門書を読むことになっていて、既存の世界観の枠内で生活する傾向が強まっていることを痛感しています。数少ない友人との世間話の話題としても、異なる価値観の受容としても、フィクションに触れる時間は意識的に確保していこうと思います。そうしないと本当に見なくなってしまいそうです。

 買い物など

以前から興味があったポータブルヘッドホンアンプを購入しました。買ったのは FiiO Q1 Mark II で、様々あるポタアンの中では廉価な入門機的な位置付けの機種に当たるかと思います。試聴もせずに完全に勢い任せで買ってしまったのですが、劇的に音質が向上するということは無いものの、全体的に音が分離されて聴こえるようになり、中高音はシャリシャリ感が収まり、低音は以前よりしっかり主張するようになり、個人的には概して好ましい方向に聴き心地が転んだ感じがしています。

携帯性もそこまで悪くなく、移動中に使うこともそこまで手間ではないですが、ノイズが大きい環境下では些細な音の差は聴き分けられませんから、わざわざポタアンを繋ぐ意味があるかは微妙かなぁと感じました。基本的には図書館や自宅など落ち着いた環境での使用がメインになりそうです。

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FiiO Q1 Mark II と IE60

基本的には上の組み合わせで快適に音楽を聴けたのですが、バンドサウンドの女性ボーカル曲を聴いたりすると、ボーカル以外の音が聴こえすぎて逆にボーカルが潰れてしまうのが気になっていました。ちょうどそのタイミングで成績発表があり、予想よりその結果が良かったのもあって、自分へのプレゼントの1つくらい買ってもいいだろうと思い、Heaven II を追加で購入しました。バスドラムなど低音の主張が本当に弱く、中音域は少しシャカシャカいう感じもしますが、低音が聴こえないぶん中高音域が伸び伸びとしており、ポップス寄りの曲はとてもバランスよく聴けるので気に入っています。

 最近観たもの / 読んだもの

旅行の移動時間に色々と映画を観たりコミックを読んだりしました。この1年で1番コンテンツを消費した時期になるのではないかな...と思います。

五等分の花嫁(8) (講談社コミックス)

五等分の花嫁(8) (講談社コミックス)

 

各所で勧められているのを目にしながら「ノンケものは読まないから」と思って避けていたわけですが、とりあえず1巻だけ読んだら普通に面白かったので、そのまま8巻まで読み切ってしまいました。NL作品の中でもハーレム寄りの作品は読んでると気が立ってくるので(これは僻み成分が10割です)基本はあまり読まないのですが、ヒロインが可愛いとそれがあっても読んでしまいます。三玖と五月が好き。いい作品です。

以前読んでいた作品なのですが、完結していたことを知って最後まで読みました。主人公が女装するNLものという独特な立ち位置の作品で、個人的には主人公(女装)が1番見た目としては好きです(複雑...)。ストーリーは王道というべき展開で、かなり読後感のよい作品でした。表紙買いでしたが読んでよかったなあって。

アフターアワーズ 3 (ビッグコミックス)

アフターアワーズ 3 (ビッグコミックス)

 

クラブイベントを舞台にした希有な百合作品です。「だって面白くないじゃん?フツーに学校出て、フツーに失敗して。フツーだよ。」と語るエミは等身大のキャラクターで、そのエミがケイちゃんとの出会いを通じて夢みたいなものを見つける一方で、それを許さない向き合わなきゃいけない現実もあって、そういう葛藤はすごい普遍的なメッセージ性を持っているなぁと思います。少し高校の文化祭を思い出しました。

現代ドイツの政局への皮肉が利いた面白い作品です。単純にヒトラーを笑いを取るために使うのではなく、そのグロテスクな面も描いたバランスの取れた作品になっていると思います。前期教養の2年間でドイツ政治に触れる機会が何度かあったのもあり、挟まれているちょっとしたネタで笑えたのが嬉しかったです。知識もたまには役に立つ。

この作品にパロディシーンが登場する『ヒトラー ~最期の12日間~』も、嘘字幕のところしか知りませんでしたが、この機会にと思って全編を観ておきました。こちらは純粋な狂気を描いていて、むしろ笑うシーンがなかったです。これに嘘字幕をつけようと思ったやつが凄いという評価を以前見ましたが、本当にそうだなぁと納得。

そんなストーリーで大丈夫か?と心配したくなる展開の連続です。本質はKaijuとイェーガーの対決にあるのでストーリーは本質的ではないし、逆に一周回ってむしろ面白いくらいなのですが、本当にそれでいいのだろうか...。地形の再現性も二の次なので多摩のあたりに富士山が立っている気がするがご愛嬌。複数人でツッコみながら見ると面白そうです。こんだけ言ってるけど3作目がもし出たら見てしまう、中毒性はあります。

Search/サーチ (字幕版)

Search/サーチ (字幕版)

 

そういえば映画館で予告編を見た時に気になっていたな...と思い出し視聴。予想を大きく超える面白さは無かったですが、よく出来ているなと思わされた作品です。娘の失踪の真相をインターネット上に残されたデータから父が辿っていくわけですが、伏線や引っ掛けがかなりよく出来ています。見て損はないかなあと。

あとは父親たちの星条旗(字幕版)プーと大人になった僕 (字幕版)などを観ました。有名な映画はそれなりの面白さがあるなあと再確認し、たまにはこうやってまとめて映画を観る機会があってもいいよな、と思ったり。こういって実際は観ないんですけどね。

人生は(いずれにせよ)まだまだ続く

日記的な記事は2週間おきを目安に更新していこうと思っており、大学が春休みに入るまでは、その更新頻度がちょうど良いと思っていたわけですが、最近は2週間が経っても記事にすることが見当たらず困っています。特に思うこともないのですよね。

 最近の過ごし方について

前回の記事で「毎日その日にやったことを箇条書きで記録することを始めました」旨のことを書きました。ぼちぼちこれは続けていますが、毎日これを記録するのが面倒になってくることも多かったため、自分に何をしたかを想起させるような写真を撮り、その写真で記録を代替するということをやっています。それで満足してしまってブログに記録する熱が落ちているというのはあるかもしれません。

 進学決定

教養学部開講科目の成績が発表され、無事に後期課程に進学できることが分かりました。もっとも、進級自体を不安視する要素は特になかったため、この成績発表は個人的には確認的な意味合いしかなく*1、より重要なのは、秋学期に履修した後期課程の法学部科目の成績がどうなっているかです。試験直後の記事に書いたように「結果としてはテストの感触はそこまで良いものではなかったです」が、「元々満点が取れるような出題形式ではないので、絶対評価と成績が必ずしも一致するわけではない」という点に期待を込めて、いい成績がついていることを祈っています。まだ初詣にも行っていない信仰心の薄さでは、神に祈っても何の祝福も得られないような気もしますが。

 アズールレーン

エミュレーター上でプレイできる環境を整えました。NoxPlayerの仮想キー機能と、ゲーミングマウスのボタンを組み合わせることで、ずいぶん周回に係るストレスを減らすことができ、快適にプレイしていくことができます。これはかなり便利です。

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 その他雑感

最近は自炊を頻繁にやっていました。少し意外だったのですが、自分はかなり和食が好きなようで、自分が作った献立を見るとかなり和食に偏っています。天ぷらや筑前煮、ぶりの照り焼きなどが初挑戦のメニューだったかも。最近は魚料理のレパートリーを増やしたいと思っています。

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最近作った料理群の写真

あとこの2週間は、基本的に長期休みは家に引きこもっている自分としては、結構よく人に会った期間だったと思います。高校同期と飲み会をしたり、高校の部活のOB会で久しぶりに先輩に会ったり、この春休みに引っ越した学部の友人を訪ねたり、ゼミのOB/OG会で同期や先輩に会ったりと、もうしばらくは人間と会わなくていいかな、と思うくらいには人と会いました。

そろそろ春休みも終わりに近づいてきました。春休み後半くらいは来学期の科目に役立つ勉強を進め、遊んだ分の帳尻を合わせたいなと思う今日この頃です。終わりよければ全てよし、休みの終わりが良いものとなるように心掛けたいですね。

*1:おそらく同学年の大半の人にとってそうでしょう